セミナー

【レポート】人間塾2020年度第23回ヤングセミナー

2021年2月5日

人間塾 第9期生 今村秀一朗
(慶應義塾大学3年)

2021年1月28日、人間塾第23回ヤングセミナーが行われました。ソーシャルディタンスに細心の注意を払いながら、対面にてセミナーを実施することができました。

本日は、塾長先生がドイツで出会ったイサ・フェルメレンという修道女についてのお話でした。

イサ(1918年生まれ)は、ドイツのリューベックで、弁護士の父とジャーナリストの母に育てられました。彼女が高校に進学する頃、北ドイツでもナチスの勢力が街に迫りつつある時代でした。その高校の入学式にて、校長は生徒たちに2つのことを強要します。それらは、「毎日ナチスの旗(ハーケンクロイツ)にナチス式の敬礼すること」「ユダヤ人の学生と仲良くしないこと」の2つでした。

人間塾2020年度ヤングセミナー:真剣な表情で聞く

真剣な表情で聞く

両親からナチスの非人道性について教育されていたイサは、校長の言いつけを守りませんでした。そして、即日退学処分になってしまいます。帰宅してこの出来事を両親に伝えると、両親はイサを褒め、「さすがフェルメレンの娘だ!」と喜びました。幸い、家庭では学習環境が整っていたため、高校に通わずともイサは学ぶことはできました。しかし、いよいよナチスのリューベック地域への侵攻が本格化してきたため、母と娘のイサだけがベルリンへ逃れます。

そんな中で、イサの弟、エリックのイギリス行きが、ナチスによって阻止されました。彼はローズ奨学金の奨学生に選ばれ、オックスフォードで学ぶ予定だったのです。しかし、優秀な人材が国外へ流出することを恐れたナチス政権は、彼にビザをはじめとする渡航許可を発行しませんでした。紆余曲折を経て、彼はドイツからトルコのイズミル、アレッポ、カイロ、ジブラルタル、リスボンを経てイギリスへ入国しました。一方で、イサをはじめとするエリックの家族は、エリックを逃した罪で全員、強制収容所に投獄されてしまいます。

強制収容所でイサはあるカトリックの修道女と出会いました。死と隣り合わせの恐怖の中、その修道女は「希望を持とう。生きてさえいれば、活路は見出せる」と仲間を励まし続け、そしてナチスに殺されました。イサは、生きて収容所を出ることができた暁には、彼女の意思を継いで修道女になることを決意したそうです。

そして、1945年、彼女は運よく強制収容所から解放されました。修道女になるためにはいくつかの山を越えなくてはなりませんでした。しかし、不屈の精神を持つイサは、高校卒業の認定試験に合格し、その後大学で教師の資格を取得し、聖心会という修道会へ入会しました。

人間塾2020年度ヤングセミナー:来年度への決意を発表

来年度への決意を発表

イサは死と隣り合わせの生活を経て、たゆまぬ努力の結果、遂に夢をかなえることができたのです。これが、「彼女にしかできない命の使い方」だったのだと思います。また、渡英したイサの弟も、さまざまな職業を経て、晩年、彼にしかできないことを成し遂げていました。それは、「在英ドイツ大使」として活躍したことです。ドイツで生まれ、イギリスで学んだ彼にとって、在英ドイツ大使という役職は、2つの母国に対する恩返しができる最高の仕事でもあったのです。

このお話を聞き、印象的だったのが「生きてさえいれば」という言葉です。特にコロナ自粛期に、自宅に籠り、外部との接触が極端に減り、将来に不安を感じる人も多いと思います。私自身、コロナ禍の中での就職活動という前代未聞の事態に、戸惑っているひとりです。しかし、どんな状況下であっても、生きてさえいれば、道はきっと開けると思います。自分が将来何をするべきか、まだその答えが見つかっていなくても、何かの出来事をきっかけとして、きっと自分にしかできない「命の使い方」を見つけることができると思います。

将来の不安に怯え、立ち止まるのではなく、現実にしっかり目を向け、今の自分にできることに誠意を持って取り組む。こうして壁をひとつひとつ乗り越えていくことこそが、イサが示してくれた「命の使い方」だと感じました。私も、そのように生きたいと強く感じたセミナーでした。



塾長のそれでええやん!

塾長・仲野好重が日々を綴った連載
※連載は一旦終了しました。