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セミナー

【レポート】人間塾2018年度第13回ヤングセミナー

2018年11月10日

人間塾 第4期生 梅山翔平
(筑波大学6年)

秋の紅葉が美しい季節となりました。去る11月1日、第13回ヤングセミナーが開催されました。

今回のセミナーは特別な趣向で始まりました。現在、人間塾では小豆島を主な舞台にしたドキュメンタリー映画の撮影に協力しています。この映画の監督である佐々木伯氏から、人間塾の塾生がディスカッションを行なう様子を撮影させてほしいとご要望がありました。映画製作への協力という滅多にない機会に私達は緊張しながらも、胸を躍らせながら当日のセミナーに臨みました。

人間塾2018年度ヤングセミナー:まずは腹ごしらえ

まずは腹ごしらえ

この映画の主人公である伊藤静野さん(旧姓岡田)は、明治45年、小豆島に生まれました。女学校を終えた後、小豆島に赴任してきた伊藤戒三牧師に出会い、彼の弱い立場の人に徹底的に尽くし世話をするという生き方に静野さんは触発され感銘を受けます。そして伊藤牧師と結婚して傍らで彼の仕事を手伝いたいとまで思うのです。

伊藤牧師は自分が結核に冒されており、自らの命が長くないことを悟っていましたので、静野さんの気持ちを知っていても結婚までは決断できませんでした。しかし、静野さんの純粋さに考えを変え、二人は遂に結婚しました。時はすでに遅かったのか、伊藤牧師の命の灯火は既に消えかかっていました。結婚式を挙げた直後、小豆島から川崎市の教会への転勤が待っていました。愛情に包まれ、新しい赴任先での仕事に胸を膨らませていた矢先、伊藤牧師は体調を崩し、倒れてしまいます。川崎の教会に転任して1か月後の出来事でした。静野さんの必死の看病も虚しく、その約2か月後に伊藤牧師は亡くなります。たった106日の結婚生活でした。

その後静野さんは、伊藤牧師の遺志を引き継いでいるかのように、教会活動と幼児教育に人生のすべてを捧げました。伊藤牧師が亡くなった後、奈良の教会で幼児教育の訓練を積み、戦後、小豆島に戻ってきます。当時、小豆島では保育所は数少ない貴重な存在でしたので、働くお母さんたちを助けたい、子どもたちに愛情の大切さを伝えたいと、懸命に幼児教育と向き合います。そして、晩年を過ごした静野さんは、心臓発作で亡くなりました。享年74歳でした。

人間塾2018年度ヤングセミナー:思いを言葉にする

思いを言葉にする

このような静野さんの生き方を知って、私たちは、自分の一生を左右するような出会いがあったか、ということがまずディスカッションのてーまになりました。すると、多くの塾生が人間塾での仲野塾長との出会いを挙げました。実は、私もその一人です。人間塾に入塾した直後、「ノブレス・オブリージュ(高貴な者は義務を負う)」の考えを聞いた時、私は感銘を受けました。はっきりと「この生き方をしたい!」と感じました。その思いは今も変わりません。しかし、この静野さんの生き方を聞いた後に、この「ノブレス・オブリージュ」が私の人生を貫く考えだと発言しようと思った時、私は少し口ごもってしまいました。静野さんの生き方に圧倒されたのだと思います。そこまでの覚悟が私にあるのか。まさに課題を突きつけられたようでした。

その他の多くの塾生も感銘を受けた相手、考えは違いますが、それを実行する時にどこか自信のない感じを持っていました。ある塾生は失敗するのが怖くて行動に移せないと悩みを打ち明けました。一方で、「私は今いるところに留まり続けることが怖くて行動している」といった意見が挙げられました。塾生の人数だけ多様性に富んだ話が出てきて、議論は本当に活発でした。

塾生の中でも物事に対する見方は多様です。一つのテーマに対しても多様な意見が出されます。すると、それを聞いているうちに、自分の課題が見えてくるのです。私も今回のディスカッションで自分の覚悟の足り無さに気付かされました。このように普段から一つの事柄を突き詰めて皆で考える事で、多くを学ぶことが出来ると再認識しました。今回の機会を頂いたことに感謝し、今後も自らに向き合って参ります。