ヤングセミナー
【レポート】人間塾2015年度第13回ヤングセミナー
2015年11月21日
人間塾 第3期生 澁谷寛子
(聖学院大学4年)
11月12日は、冬に近づいているなと感じたセミナーの日でした。塾生主催のシンポジウムまであと3日ということもあり、少しドキドキしながらのセミナー受講日でした。
セミナーの冒頭で塾長からプリントが配られ、達筆な文字で「どれだけ長く生きたかではなく何を生きる目的としたかが重要である」「その人が何を為したかではなく何を為そうとしたかが問われるのだ」と書かれていました。これはW・R・ランバスの言葉で、毛筆で書かれたのは塾長のご友人である疋田惺空氏です。
W・R・ランバス(1850年-1921年)は、アメリカ人牧師で関西学院大学の創設者です。1886年にメソジスト教会の牧師として神戸に着任しました。のちの関西学院となる外国語学校を開設します。W・R・ランバスが神戸にいたのはたった1年でした。その後伝道師としてアメリカなどで務めており、1921年の8月日本に帰ってきますが、神戸ではなく横浜に着き、関西学院大学を見ることなくそれから数か月後亡くなります。そのような人生を歩んだW・R・ランバスが生きる指針として掲げていたのが冒頭で紹介した「どれだけ長く生きたかではなく何を生きる目的としたかが重要である」「その人が何を為したかではなく何を為そうとしたかが問われるのだ」という言葉でした。
この言葉の背景を学んだ後、仲野塾長から「生きる目的は何ですか」と問われました。塾生からは「人に感動を与えたい」「持っている技術や知識を使って人を助ける」などの意見がありました。しかし、塾長からはもっと生きる目的とはもっと本質的なことではないかという指摘がありました。そして更には、「人を助けるのは自分が幸せになるためではないのか」「その事柄の本質は自分の喜びや満足に近づくためではないか」という言葉をいただき、人を助けたいという思いの核そのものが、自分の幸せや喜びであったことに気が付きました。生きている目的をもっと深く考える良い機会をいただきました。
また、「その人が何を為したかではなく、何を為そうとしたかが問われるのだ」というフレーズは、私の心に染みる言葉でした。私は現在4年生で、あと数か月で社会に出なくてはなりません。「何を為す」のではなく、「何を為そうとしているのか」を忘れず日々自分に問うていきたいと思います。そして自分の進むべき道を歩みたいと思っています。