講演会
【レポート】人間塾2023年度第四回東京講演会
2023年12月21日
去る2023年12月3日は、今年度最後の塾長講演会でした。多くの方々に来場いただき、またオンラインを通して視聴していただき、心から感謝を申し上げます。
来年度も講演会は続けて参りたいと思います。どうぞよろしくお願い申し上げます。
今回は、物議を醸すニーバーの現実主義的哲学について語りました。
レポーターは、第12期生の若林歩花です。是非ご一読ください。
塾長・仲野好重
人間塾 第12期生 若林歩花
(聖心女子大学3年)
12月3日、今年度最後の東京講演会が開催されました。今回のテーマは、「静寂・勇気・叡智を生きる」です。
今回の講演会は、アメリカ合衆国の自由主義神学者であり、牧師でもあるラインホールド・ニーバーについてのお話から始まりました。彼は、工業化が進む19〜20世紀アメリカが抱える問題を通して、「祈り願えば救われる」というキリスト教の精神が当時の社会において果たして妥当であるのか、再考した人物です。彼はそこで、「キリスト教的現実主義」を説きました。
塾長は、この「現実主義」を説明するたとえ話として、聖書の中にあるルカによる福音書の「不正な管理人」のお話をされました。管理人は、仕えている主人に自身の不正が明かされ、仕事を失うことになります。彼は、自らの今後の生活のために、主人から借金をしていた債務者たちの証文の金額を低くして渡す行為をしました。これを知った主人は、失職後に困らないよう債務者たちに恩を売ろうとした管理人のことを賞賛しました。聖書には、「この世の子らは、自分の仲間に対して、光の子らよりも賢くふるまっている」と書かれています。ニーバーは、「この世の子」を「闇の子」と表現しました。私利私欲にまみれ、罪を繰り返す「闇の子」は、全体の調和を求め欲深くない「光の子」よりも賢く生き延びていると言います。そしてニーバーは現実社会を洞察し、「光の子」の楽観主義的な態度やのんきに構えている愚かさに警鐘を鳴らしました。
第二次世界大戦において、「闇の子」は「日独伊」の三国同盟、「光の子」はアメリカを中心とする連合国側を表していたとも、一節では言われています。闇の子は人間の心の奥底にある欲望を押しとどめられずに戦争を進め、光の子は民主主義という当時は普遍的理念と考えられていた理念を追い求めます。しかし、普遍的理念を必要としない闇の子は、自分自身を絶対的な基準としているがゆえに、民主主義という理想を追い求める光の子たちと敵対し攻撃してきました。その点、闇の子の方が人間の心理の現実を捉え、(ずる)賢く戦いを進めたと、ニーバーは説明します。光の子が現世に暗躍する闇の子に立ち向かうためには、闇の子を超える戦略的な賢さを身に付けなければならない、というのがニーバーの論旨です。
定められたルールの中で生きていると、それを当たり前に感じ、慣れてしまいます。そして、その結果、「個」を見失いそうになることがあります。私はこの状況に気付けないことが、最も恐ろしいことだと考えました。ニーバーが、牧師として社会の現実と、キリスト教の関係性を俯瞰したこと、そして「闇の子」と言われる現世的な誘惑を持つ人間の欲望を「賢さ」の面から分析したことに驚きました。
次に、オバマ元大統領のノーベル平和賞受賞演説(2009年)を読みました。彼は、ニーバーの現実主義的思考を取り入れた上で「戦争の正当化」は時と場合によってはありえると述べました。それは自衛や防御をするために戦うということを正当化しているのです。世の中の悪、つまり戦争に立ち向かうためには、「不正な管理人」のような賢さと戦略を身につける必要があるのでしょう。戦争自体にはもちろん反対ですが、本当の平和を求めるなら、多くの誘惑に負けない相当な努力が必要だということを学びました。
今回の講演を聞いて、ニーバーは、平和に安心して暮らしている私たち日本人に、危機感を持つよう呼びかけていると思いました。世界情勢を見ると、この平穏な毎日がいつ終わるかわからないほど、混乱しています。遠い国の話だから関係ないと目を背けるのではなく、これからの将来がどうなるのか真剣に考えなくてはならない時代になっています。
キング牧師は、ニーバーが提唱した「現実主義」に共鳴した人物の1人でした。私には、彼の「集団は個人よりも不道徳に陥りやすい傾向をもっている」という一文が印象的でした。自分の正義を周りに流されることなく貫き、また人の気持ちに共感し、理解できる人間になれるよう精進してまいります。