講演会
【レポート】人間塾2023年度第三回東京講演会
2023年11月4日
2023年10月15日に、第3回東京講演会を開催いたしました。
今回は、加賀乙彦氏の創作を通して見えてくるものを、皆さんと一緒に考えました。
目に見えること、証明できること、理論的に疑う余地のないことを、人々は求め望む傾向にあります。しかし、最も大切な決断の時、窮地に陥った時に、人々はそれほど理知的かというとそうでもないような気がします。
では何をもってそのような瞬間を受け入れていくのでしょうか。
今回のレポーターは第12期生の永井真奈です。
是非ご一読ください。
塾長・仲野好重
人間塾 第12期生 永井真奈
(国際基督教大学3年)
去る10月15日、第3回東京講演会が行われました。今年度の通年のテーマとして、塾長は「わたしを貫くもの」というテーマを掲げています。今回は精神科医であり犯罪心理学者、そして作家の加賀乙彦の著作『宣告』を通して「信じる」ということについて考えました。
本作品は、1953年に起こったバー・メッカ殺人事件で逮捕され、死刑囚となった正田昭をモデルとして描かれています。正田は、逮捕されてから最高裁で死刑判決を受けるまでの間にキリスト教に入信し、クリスチャンとなります。1956年に加賀は初めて正田と面会しますが、その後しばらくの間、両者には接触はありませんでした。そして再会後、1969年に死刑が執行されるまでの2年4か月に亘って、加賀は彼と文通をしていました。加賀は彼の処刑後に、獄中日誌や小説、詩、他の文通相手との手紙など膨大な量の創作物を受け取りました。
正田の残した文章を読み解く中で加賀は、彼の神を信じることに対する葛藤を知ることになります。また、正田が他の文通相手との手紙ではユーモアを交えたやり取りをしていた一方、自分とのやり取りでは堅物で真面目な面が見えていたことから、加賀は、人間とは変幻極まりない生き物であるという事実に直面しました。
精神科医としてまた心理学者として、今まで人間を深く理解することが出来ていたのか、という問いにぶつかった加賀は、『宣告』を執筆することになりました。この執筆中に、加賀は「目に見えないものを信じるとは、どういうことなのか」ということについても考え、クロアール(croire)という言葉にこだわるようになります。クロアールとは、信じるという意味のフランス語です。科学的に証明できることには限りがあり、人間の力だけでは説明できないものが存在しています。そのような葛藤の時に、力を発揮するのがクロアールであると塾長は仰いました。
塾長は、人間塾で塾生たちの変化していく姿を見て来られた中で、「塾生たちの心が動いたのは100%理屈で納得したからではなく、何か表現できないものに突き動かされたのではないかと思うことがよくありました」と仰いました。様々な人生の決断に至るまでのプロセスを理論的に話すことができたとしても、最後の一歩は、信じる、身をゆだねる、飛び込む、という理屈を超えたものに突き動かされたと話す塾生が多いそうです。これこそが、加賀の創作を貫いたクロアール、信じるということであると塾長は仰いました。
自分を信じて新たな世界に飛び込むためには、人生は予想通りにすすむものではないという前提に立つ必要があります。「その時々に吹いてくる風を、心を開いて受け止め、風によって思いもよらない出会いや場所に押されることを信じるということが大切です」と塾長は締めくくられました。
講演会のお話を通して、私自身もこれまで、自分の人生はこうだと決めつけてきたと思いました。また、吹いてくる風に対して心を開いていなかったと感じました。心を開き、目に見えないものの力を信じながら、その瞬間に至るまでじっくりと考え続けていきたいと思います。