講演会

【レポート】人間塾2023年度第一回東京講演会

2023年7月27日

2023年6月25日に第一回東京講演会を開催いたしました。
「魂と心をつなぐ」という大きなテーマのもと、作家の須賀敦子さんを貫く「個人主義と孤独」についてお話しいたしました。

レポーターは、第12期生の山田紗弓です。

塾長・仲野好重

人間塾 第12期生 山田紗弓
(東京工業大学3年)

去る6月25日、仲野塾長による2023年度第一回東京講演会が開催されました。今年度の通年テーマは、「私を貫くもの」で、全四回に亘って行われます。第一回のテーマは「魂と心をつなぐ」でした。没後23年が経った今も多くの読者から愛される須賀敦子さんが取り上げられ、彼女の代表作である『ヴェネツィアの宿』を読み解きながら、彼女の言葉の根底に流れ、「貫いているもの」は何かを考えていきました。

まず塾長先生は、「この物語は、著者である須賀敦子と彼女の父との和解を目的として書かれている」と仰いました。しかし全12篇からなる『ヴェネツィアの宿』の中で実際に父について書かれているのは、第1章「ヴェネツィアの宿」第5章「夜半のうた声」第12章「オリエント・エクスプレス」の3章だけです。私たちは初めにその違和感に向き合い、本文を読み解いていきました。

塾長先生は文中の実際にあった事実とは異なる箇所をいくつか指摘され、それぞれに、「事実に基づきつつ物語をドラマチックに仕立てる彼女の技術が表れている」と仰いました。私はそのご指摘を聞いて、フィクションと事実を繊細に混ぜ合わせ、大切な要素をもれなく伝えようと読者に寄り添う須賀さんの技術に感銘を受けました。

また、どの場面にもクライマックスと着地点があり、緩急のバランスが絶妙だと塾長先生は指摘されました。このお話を聞いて再度物語に目を通してみると、物語がテンポよく進む場面、何の変哲もない温かな場面、激しく心が動かされる急展開などそれぞれの場面が流れるように繋がり構成されていることに気づき、緩急の壮大さを実感しました。

そして段々と、冒頭に感じていた父についての編が少ないという違和感が腑に落ちていきました。それはつまり、父が登場する第1,5,12章の合間に父とは関係のない編を挟み緩急をつけるということ自体が、須賀敦子の人間性や生き方を表現していたのでした。また同様に、彼女が終章になってようやく本来の目的に向き合い父が死ぬまでを描写しようと決意を固めるということ自体も、彼女自身の心情を表現していたのです。

最後に塾長先生は、劇的な出来事における彼女自身の感情や、父の頑固な性格とそれを理解する母や彼女自身の性格ですら冷静かつ客観的に観察し綴っていることを、「孤独を維持させた対象との一定の距離感を生み出している」と説明されました。そして須賀さんのライフスタイルや生い立ち、当時の社会情勢を踏まえて、私たちにこの物語で「貫いているもの」を問いかけました。

私たちは、自分の全てを誰かに理解されることはないという「孤独」を抱えて生きています。須賀さんは、その孤独の寂しさを隠し家族との関係性を絡ませながら須賀敦子という人物を「理解できる人に理解されればよい」と表現していたのです。なぜなら彼女は、その当時の社会で見られた己の個性や幸福のみを尊重する個人主義に違和感を覚え、その違和感を頼りに自らがすべきことを見出し、真摯に向き合う覚悟を決めたからです。彼女は言葉で自らを表現し、自己だけでなく他者の個性をも尊重する個人主義を社会に訴えるという使命を全うしていました。

須賀さんは自らの人生をやりたいことではなくやるべきことに照らし合わせ、自分をあるべき姿に修正していました。これは人生を懸けた果てしない作業です。しかし塾長先生は、「自分がどこかに到着することが大事なのではなく、自分が何を目指して生きたのかが重要である」と仰いました。

私はこれまで、「自分が社会のために貢献できることは何もないのではないか」という焦りや無力感を感じていました。しかし今回の講演を聞いて、社会に貢献することを全身全霊で目指すということが重要であり、一歩ずつ前進していけば良いと思うようになりました。そしてその一歩が積み重なり、いつか自分を貫くようになるのでないかと思いました。



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