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心に響く 講演・セミナー集

迷い道、出口は人との出会いから~その3~

3日後、ニューオリンズから帰ってきた彼を

バス乗り場まで迎えに行きました。

そして、この3日間どうだったかと聞いたら、

「仲野さん。びっくりしました。」と言うのです。

 

「ニューオリンズに行って、レストランに入ったら、

 みんな僕のことをジロジロ見て、

 入り口横のすき間風が入る、

 いちばんガチャガチャ音のするところに通された。

 店内を見たら席はほとんど空いていて、

 奥のほうから白人が座っている。

 ああ、僕、差別されたんだって分かった。

 初めて差別されたって気づいた。

 さらに、いくら注文しようとしても見向きもしてくれない。

 大きい声ですいませんって言って、

 ウエイターのところに行ってすいませんって言ったら、

 ああ、何?呼んでたの?って言われ、やっと注文を

 取ってもらえる始末です。

 でも、もっとびっくりしたのは奥の厨房が見えた時。

 下働きの床掃除から皿洗いまで全部有色人種。

 シャキッとウエイターの格好して出てくるのは全部白人。

 アメリカの社会って、こういうふうなところで

 本当の姿が見えるんですね。」

そんなことを彼は興奮気味に語ってくれました。

 

そうやって彼は学んだわけです。

自分が差別されて、生まれて初めて差別される側の視点に

なったのです。

すると、じっと見ていたら目につくことはいっぱいある。

今まで日本にいれば、どちらかと言えば

支配する側です。威張っていたって済むわけです。

それがドカンと逆転しました。

彼は何も持たない、デイパック、リュックサック1つの

単なる若い旅行者です。ですから、適当にあしらわれる。

それを、屈辱を経験して帰ってきました。

「良かったね、そんなこと経験できて。出会えて良かったね」

と私は言いました。

みんなこんな思いして生きているんだと思った?と聞くと、

深くうなずく彼。

じゃあ、今度はあっちへ行って。次はこっちへ行って…

と、どんどんどんどん彼をバスに乗せました。

南行って、シカゴ行って、ニューヨーク行って…。

 

ニューヨークで彼は初めて拳銃の音を聞くんです。

42丁目のYMCAからの電話で。

「仲野さん。今、拳銃の音がします。」

受話器の向こうでパンパンパンと聞こえる。

「3発でしたね、今。」って彼が言うから

大丈夫、私、4発のところ行ったことあるからって答えたら、

「分かりました、もう1発待ってみます。」

とか言うんですね。(笑)

だんだん慣れてくるわけです。

そこの鍵はいくつ?って聞いたら、4つ付いてるって。

じゃあ、大丈夫だね。でも、絶対夜の10時以降は

42丁目歩かないでよって言って。分かったとか言いながら

彼はニューヨークを経験してきました。

 

いよいよ日本に帰る直前。

サンフランシスコ行きのバスに乗せました。

持っているお金もわずかになっていました。

サンフランシスコに着いて3泊しなきゃならないんだけど、

手元には15,000円か20,000円しかなかったと思います。

でも、大都会ですからホテルは高いです。

YMCAといえども高い。

足りる?と聞くと、足りないかもしれないというので、

もしダメだったら郵便局から電話してちょうだい、

電信為替でお金を送るからと私は言いました。

分かったって言って彼は有り金を全部懐に入れて、

出掛けていきました。

 

そして翌日の電話で、どこに泊まってるのかを聞くと、

一番安くて治安がいいところに泊まったけど、

もう宿代もないって言うんです。7,000円もしたって。

あと1泊どこかに泊まれるかどうかがギリギリで、

最終日は野宿だと思うって言うから、

野宿はダメって言ったんですが、

でも、できるところまでやってみる、との返事でした。

 

1ヶ月の間に、彼はすごく変わったんですね。

できるところまでやってみる。お金がなかったら野宿する。

とにかく日本に帰る切符はあるんだからって言うんです。

じゃ、いよいよとなったら電話してよと言って、

心配だから、私はずっと電話の前で待ってたんですね。

 

そしたら2日目に電話がかかってきました。

今どこ?って言ったら、

カリフォルニア大学バークレー校にいるって言ったんです。

彼はバークレー校に憧れていたので、キャンパスを見たくて、

バスを乗り継いでバークレーまで来たそうです。

バークレーのキャンパスを見ながら

「すごいね、アメリカの大学って。」と言うんです。

広大なキャンパスで、みんな一生懸命勉強している姿見て、

びっくりしたって言うんですね。

それ見られて良かったね。と私は言いました。

ところでお金は?って聞いたら、もうないって言うんです。

今晩も明日もバークレーの図書館の軒下に寝るって

言うんです。

ダメよって言っても、大丈夫だよって言い返されて、

それで電話は切れてしまったんですが、

心配していたら、翌日電話がかかってきたんです。

「仲野さん。良かったです。」って。

 

(続きます)